
成長著しいアジア・中東では、巨大なビルが次々に計画され高さ500mを超える超高層ビルの建設ラッシュが続く。その際「縦移動のインフラ」であるエレベーターには、目的階により早く到着することが求められており、エレベーターのスピードが重要な要素となっている。世界最高速※エレベーターの開発は、2010年にエレベーター研究施設として当時世界一高い213mの「G1TOWER」を建設して以来の日立の目標であった。
こうした中で日立は、中国広州市の高さ530mの複合施設である「広州周大福金融中心」で、世界最高速エレベーターを実現した。1階から95階まで昇降行程440mを約42秒で昇る定格速度分速1,260mのエレベーターである。
※2022年8月現在、日立調べ
超高速での走行を実現するにあたって、まず直面したのは「いかにマシンを小型化するか」だ。速度を出すには、エレベーターの乗りかごと釣合いおもりをつなぐロープを巻き上げる巻上機の馬力が必要だ。また、今回のように440mもの長行程となると、かごを吊るロープの自重が無視できないほど大きくなり、さらにパワーが必要になる。これに伴い巻上機のスピードをコントロールする制御盤にも大容量化が求められるため、機械がどんどん大型化していくのだ。「高層階のホテルに行くためのエレベーターですから、客室スペースとの兼ね合いで機械室スペースには限りがあります。大出力を追求しながら、いかに省スペース性を両立するかが課題でした」と、水戸事業所の機構システム開発グループ 前田亮
そこで、世界最大級の347kW永久磁石モーターを新規開発し、薄型化を追求。モーターの出力を約1.3倍に向上させながら、巻上機の幅寸法を13%低減することに成功した。ロープには、材料や素線のより方を新設計した高強度ワイヤロープを採用し、強度を1.3倍向上させることで30%の軽量化を実現した。「ロープを軽くするには強度を高める必要があります。しかし、強度の高い材料は一般的に硬くなり寿命が短くなるといった課題があります。また、巻上機にロープをしっかり巻き付けるには柔軟性が必要であり、強度と寿命と柔軟性の3つを高いレベルで実現するのに苦労しました」(前田)。
制御盤においては、IGBTモジュールを4個並列で接続することで、従来の半分の寸法で、世界最大級2,200kVAの大出力を実現。「エレベーターは20年以上使われていくものなので、メンテナンスのしやすさも考慮して開発する必要があります」と制御システム開発グループの宮前真貴が言うように、機械室への搬入や点検・交換時の保全性にも配慮。制御盤は機能ごとに分割する構成とし、ユニットを引き出して点検・交換が容易にできるようにした。こうして世界最高の速度を生み出す駆動・制御装置が完成した。
IGBT:Insulated Gate Bipolar Transistor
現地では日本の施工部門による指導のもと、日立電梯(中国)有限公司の施工部門が一丸となって据付・施工を行った。「現地で特に苦労したのは、乗りかごの着床レベルの調整です。行程が440mもあるとロープの伸びが顕著となり、乗りかごの上下の振れも発生しやすいので、どうしても停止位置がずれてしまいます。特に、乗りかごが最下階に到着する時には機械室からのロープ長が最大になるため高い着床精度を出す調整に苦慮しました」(宮前)。
そして、2016年5月に行った速度試験において分速1,200mでの走行に成功、当時の世界最高速を達成した。さらに、2017年6月、制御装置や安全装置に改良を加えた後、分速1,260mの世界最高速を計測することに成功した。「分速1,260mを出すにあたり、改良の主な対象となったのは、乗りかごを停止させるブレーキの信頼性向上です。通常のエレベーターは非常時のブレーキ制動による摩擦熱は200℃以下ですが、分速1,260mとなると瞬間的に400℃を超えるため、過酷な環境に耐えられる制動材を開発しました。さらに、等価試験装置で何度も試験を繰り返し、摩耗量を計算して、ブレーキの交換時期を予測するアルゴリズムを作成し、制御に組み込みました」(前田)。機械品品質保証グループの高久和之は、「改良したブレーキを巻上機に設置する際、当初の計画通り進めるため、現地のスタッフと協力しながらみんなで取り掛かりました。限られた人数と時間で終わらせるには、文字通りチームが一丸となることが重要だと思い知りました」と語る。
本プロジェクトを振り返って前田は「分速1,260mは、過去に経験のない速度域であり、現地での確認が重要となります。現地で新たな問題が発覚しても対処が難しいので、設計した内容がすべて。考えられることは一つひとつ、やり切らなければいけません。責任は重くその分苦労しましたが、やり遂げたときの達成感は格別でした」と笑う。高久は「私は、設計者が設計したものを評価・試験して製品適用を行う立場にあります。
彼らが一生懸命作り込んでくれたものを現地の人と協力しながら評価し、無事に完成できたことに喜びを感じました」と語る。 「世界最高速に挑戦することは、めったにない貴重な機会だと思うので、とてもいい経験になりました」と宮前が言うように、日立エレベーターの未来を担う若手技術者の鍛錬の場にもなった。高いレベルの目標を掲げて技術開発に向き合う姿勢は、彼らの中に息づき、今後の開発に生かされていくはずだ。