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Hitachi

株式会社日立ビルシステム

次代を見すえて進化を続ける日立の昇降機

日立の昇降機開発の歴史は戦前の1932年に始まりました。
以来、第二次世界大戦や戦後の復興、高度経済成長、バブル崩壊などを経て現在では、市場のグローバル化が進むなど、世の中が目まぐるしく移りゆく中、日立は常に次代を見すえて、昇降機を進化させ続けてきました。
その80年以上にわたる歴史を基盤に、これからも日立は安全・安心・快適な社会インフラづくりに取り組んでいきます。

1930〜1950年代

家庭電化時代到来。洗濯機は主婦の憧れだった(1950年代)。/街頭テレビに群がる人々(1952年)。

日立製作所は1910年に創業し、総合電機メーカーへの道を歩み始めます。また、一方で日本は1941年、第二次世界大戦に突入し、いたるところで壊滅的な被害をこうむりましたが、戦後徐々に復興を遂げていきました。

1932 昭和7年

エレベーター第1号機を東京電気(株)に荷物用として納入

日立製作所は1920年に、当時の亀戸工場(東京)で、エレベーターの研究に着手。1932 年に初めて本格的にエレベーターの製造を開始し、その第1 号機を東京電気(株)川崎工場に荷物用として納入しました。

エレベーター第1号機

1933 昭和8年

乗用エレベーター第1号機を東和アパートに納入

乗用エレベーターの第1 号機を東和アパートに納入。5 人乗りで、速度は分速30メートルでした。

乗用エレベーター第1号機

1937 昭和12年

エスカレーター第1号機を大鉄百貨店に納入

大阪・阿倍野の大鉄百貨店にエスカレーター第1号機を納入しました。

エスカレーター第1号機

1956 昭和31年

透明型エスカレーター第1号機を松坂屋上野店に納入

デザイン性を重視した、サイドが透明なエスカレーターを納入。当時、子どもにとってデパートの楽しみは、大食堂と屋上遊園地、そしてエスカレーターでした。

透明型エスカレーター第1号機

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